サラリーマンの「俺は失敗してねーし」

あー、そうですよ!サラリーマンの愚痴ブログですよ。 人が言われてなかなか変わらないことは知っているが、せめてここでは愚痴らせてくれぃ!

命とお金、どっちが大切?それが他人の命なら

とあるインドの病院のニュースを読んで、考えさせられてしまいました。
その病院では、酸素供給業者に支払いを滞納していた事から、酸素の供給が停止され
病院にいた子供64人が死亡したのではないかと言われています。

この場合、誰が一体悪いのでしょうか?

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酸素供給業者。支払いを滞納しても停止すべきじゃなかったのか?

酸素供給業者は、お金を支払わない相手にも、供給し続けなければならないのか?

相手が病院と考えたら、考慮すべきこともあるかもですが、
自らの経営を苦しめ、社員を苦しめ、はたまた会社が潰れてしまったら結局は酸素供給が終わってしまいます。
一会社として考えたら、どうしょうもない判断だったと思います。慈善事業ではないので。

 

 

患者。お金の無い子供は命すら救えない

これは、そうなのかもしれません。

お金のない患者が、運悪く命に関わる病や怪我をした時、お金があるから他人の優秀な力を使って助かる事が出来ます。
もしも、自分だけなら、死んでいた訳ですから、運悪くこの状況になってしまった場合、お金を持ってるか、持ってないのかが命の分かれ目かもしれません。 

 

ただ、子供の場合、これからの未来への投資として、世の中が支えてあげれる世界であってほしかったりもします。

また、この場合、
お金をきっちり支払っていた子供もいたかもしれません、その子も死んでしまったとしたら、、、

 

病院。目の前の命を救いたいのはわかりますが、慈善事業なのかどうなのか

問題は、病院にもあったと思います。

支払いが出来ない状態で、

  • さらに人の命が救えるのか?

という点です。
普通に考え、自分のことがままならない状態で、人のこと、人の命が救えるとは思えません。

 

ただ、技術はあり、

  • 私が救わなければ誰が救うのか?

という、義務感や善意、必死さはあったんだと思いますが、慈善事業ではないのが仇となり、この事故というか事件が起きてしまったのではないでしょうか?

 

他に行く病院も無かったとしたら

もしかしたら、インドでは
もう、この病院が最後の砦でありこの病院の他に、子供たちを回せる病院が無かったとしたら?

 

正直、経営や事業の範疇を超えています。
国や、もしくは裕福な誰かが(会社が)、未来への投資として助けれるかどうかです。
今としては、破綻していて、助けれなかった命だったのかもしれません。

 

結局、命よりお金の方が重いのか?

命より、お金の方が重いのか?と問われると

  • そうであるべきではない、そうあって欲しくない

と思います。

しかし、他人の命と自らのお金と考えたら、

  • 余裕がある人や、
  • 未来への投資を仕組み的に作れる頭の良い人、しな

救えない状況だと思います。とても残念ではありますが、、、

誰もが、みんなが、自らが犠牲になって他人を救おうとは思わないですし
仮に犠牲になっても救いたいと人が一人いたとしても、一人ではこの病院のらようにどうにもならない現実があります。

 

将来的に、「他人」を、「他人ではなくなるかも」と思えるかどうかかも知れません。
そう考えて、国を良くしていきたいですね。

 

追伸、そんな冷静に語っていても実際我が子が当事者になった場合

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 そんな冷静にブログで語っていても、
じゃあ、他人の命ではなく、実際我が子の問題となった場合は、こんな冷静にドライに考えられないでしょうね。
想像してみたりもしますが、きっと今私が想像している以上の、想像もできないほどの葛藤がいろいろあるんでしょうね、、、

そんな気はしています。

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