サラリーマンの「俺は失敗してねーし」

あー、そうですよ!サラリーマンの愚痴ブログですよ。 人が言われてなかなか変わらないことは知っているが、せめてここでは愚痴らせてくれぃ!

知恵泉で石田三成が好きになった!会社に導入して欲しい戦国人事システム

知恵泉(テレビ番組)で石田三成のことを知り好きになりました(興味がわきました)。
これだけが事実なのか、本当は他にもいろんなことがあり嫌われているのかまだわかりませんが
番組に取り上げられ、また魅力的を感じられる部分があったとことは間違いないと思います。

石田三成が好きになった理由は、「金や地位に対して潔癖で友情や忠義に厚い」ところ。

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番組内で紹介された、二つの面白いエピソードがありました。
これは、最近の会社にこのような人事システムを取り入れたら
面白いんじゃないかと思いました。

最近の会社は責任転嫁で他人主義な中間管理職が多いですからね(うちの会社)

 

大谷吉継「2千石で一人の男を近習に取り立ててください」

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それはまだ石田三成元服前の近習時代のこと。
織田信長に命じられ毛利と戦っていた秀吉。士気を高めようと石田三成に2千石の褒美を与えようとしました。
しかし、石田三成はこれを固辞。
その代わりに一人の男を近習に取り立ててくれるように頼みました。それが大谷吉継でした。
吉継は高い能力を持ちながら認められず、くすぶっていた人物でした。石田三成の強い推薦で取り立てられた吉継は期待通り九州征伐などで功績を上げ、越前敦賀5万石の大名へと出世しました。

見る目があり、石田三成大谷吉継の友情の厚さはこれ以外のエピソードでもわかります。

名将・島左近「(もだった4万石のうち)2万石差し上げます」

それは石田三成には過ぎたる家来と言われた名将・島左近です。
もともと左近は大和国の領主の重臣で、戦のうまさで世間に名をとどろかせた人物でした。
その後、主家を離れた島左近に様々な大名が士官の声をかけてきましたが、そのどれにも応じていませんでした。
そうした中、島左近のもとにやってきたのが24歳の石田三成
この少し前、秀吉から近江4万石を与えられ、その組織の要になって欲しいと左近に申し入れました。
このとき、石田三成が口にした契約金が石高の半分の2万石。
これには左近も耳を疑いました。
名将・左近のためなら全収入を半分を払っても惜しくないと考えたのです。
その熱意にうたれ、左近は家臣になることを承諾しました。

24歳でこんなことが出来るなんて・・・

自分の20代を考えると、お金はいくらでも自分のものにしたかったです。
自分のお金を人にあげたり、はたまた投資したり、なんて
考えたこともありませんでした。

戦国時代人事システム。会社に取り入れて欲しい

このような逸話。エピソードが出来るように現代の会社の人事システムに使えたら面白いなと思いました。

例えば

  • 中間管理職に、その人の裁量に給与枠分のお金を与え
  • その給与枠を自分の懐に入れるか
  • その給与枠で有能な社員を自分の部下にするか
  • もちろん社内の他の部署からスカウト出来る

そんな戦国時代人事システム。
こんなシステムを取り入れたら今のぬるま湯に浸かったままの中間管理職はどんなになってしまうのでしょうか・・・笑

それでも均衡を保ててたら、大したものです笑

最後に石田三成の言葉

「奉公人は主人よりいただいたものは
 すべて主人のために使って残さないものだ
 残すのは盗人であり
 さらに使いすぎて借金するのは愚人である。」

 この言葉でいうとしたら、
今の時代は自分さえ良ければそれでよい利己主義な盗人が多いですよね、、、
今の時代では盗人でないだけで、忠義に厚く思えます。